「人は、優しくなろうとすると、どこまでも優しくなれるもの」
トライアスロンの自転車練習中の事故で右半身麻痺となった妻由利子が、リハビリの成果を確認するため2008年11月2日開催のニューヨークシティーマラソン(以下NYCM)にチャレンジすることとなり、私は、妻に伴走、出場してきました。
事故前はフルマラソンで、4時間を切るスピードで走っていた妻ですが、今回の完走時間は10時間22分47秒でした。事故前と比べると2倍以上長くかかりました。
今回アーリースタート(正規時間より早めにスタートすること)することが出来たお陰で、普通の大会では、いつも最後尾を独りさびしく走っている私たちですが、ここでは約4万人のランナーに追い越されていく形で、一緒に走ることができました。
この「アーリースタート」は、私たち二人には初めての経験でしたが、これを経験したおかげで、今までよく見えなかった「人生は粋なもの、素晴らしいもの」であることを発見したようです。それは、多くの方々から、最も弱い立場にあるものに対して示された温かい眼差しや声援・応援を、肌で感じることが出来たからです。
これはまさに10時間22分47秒かかったが故に、得られた「挑戦することへの評価」であり、「人の優しさ」であったようです。そして、改めて「人は、優しくなろうとすると、どこまでも優しくなれるもの」だということを知ったのです。
この「人は、優しくなろうとすると、どこまでも優しくなれるもの」だということには、2通りあるようでした。
そのひとつは、アーリースタートという制度、この仕組そのものが「優しさ」の表現でした。
それは、アーリースタートが認められる選手の完走予想時間は、概ね9時間以上ですが、このレベルのランナーは、日本では遅すぎ全く走る機会がありません。それを、ここNYCMでは、救済し出場を認めているのです。しかも、このアーリースタートを認められた選手は、参加者総数約4万人の中で、たった39人です。大変な「優しさ」といえます。
その上39人の選手とその伴走者に対する気遣いは素晴らしいく、アーリースタートを認められた選手たちのバスは、パトカーに先導され、2台の白バイに守られ、赤信号も停車することなく、ノンストップでスタート会場に移動するのです。まるで最高のVIP扱いでした。
そして二つめは、私たちは、ニューヨークの障がい者ランニングクラブ(名前:アキレストラッククラブ;以下アキレス)の赤いTシャツを着て走ったのですが、多くの沿道の皆さんはその赤いTシャツを着ているのが障がい者だと知って、温かい心のこもった応援をしていただきました。この態度で表わしていただくことも重要な「優しさ」の表現だと思いました。
アーリースタートしてわずか15分もすると、39名のランナーの中で、妻は、後ろから1番目か2番目で、一人の車椅子のランナー以外は、すでに周りには誰も見えなくなっていました。まるでコース全部が貸し切りと言ってもいい状況で、演劇に例えるなら、舞台中央に立つ主役のようでした。
しばらくすると、トップランナーの30数人がまるで弾丸のように私たちを追い越して行きましたが、それまでの時間は、私たちともう一人の車椅子ランナーとが、町の皆さんの応援を独り占めにしていたのです。「頑張れアキレス! GO! GO! 由利子!」と、大きな声援が飛んできました。この応援は圧巻でした。いつまでも続くカーテンコールのようでした。
沿道の皆さんのみならず、追い越してゆく約4万人のランナーからも暖かい心のこもった声援・応援がありました。私たちの肩を軽くたたいたり、親指を上にして「GOOD!頑張ろう!」と表現してくれていました。ランナー自身が厳しい苦しさのレースの中にいるのにもかかわらず、本当に優しさにあふれていました。
日の出をスタート会場に行くバスの中で見て、日の入りをゴールのセントラルパークで見るという長い長い1日で、肉体的には大変厳しかったのですが、精神的には沢山の「優しさ」をいただいたお陰で、「生きる力、挑戦する勇気」が蓄えられました。NYCMのゴールに到着していないにも関わらず、来年もまた、ここニューヨークを走ろうと誓う私たち二人がいました。本当に経験もしない優しさにあふれた大会でした。そして感謝・感謝の連続でした。
(追伸)
直面する国際金融不安からの景気後退や、国家の財政状況の厳しさから国民へのサービス低下が予想されるなど、国民の生活は大変厳しくなると思われます。しかし「人は、優しくなろうとすると、どこまでも優しくなれるもの」ということを信じ、行動するなら、幸せな質の高い人生が待っているような気がしてなりません。「優しさ」に溢れる生き方を考え、行動してみては如何でしょうか。
以上
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